開基会

毎年 2月8日 11:00~12:30

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例月祭「ようかさん」にあわせて開催されます。補然和尚は、今から千百数十年前、寛平6年(西暦894年)、日本海の赤浦から薬師如来像をすくい上げた漁師の与市であり、薬師如来の霊験により母親の目が開かれ、如来像をこの地に運び堂宇を建立し、自らも出家をして名を補然と改めました。初代の住職様です。

開基補然和尚像

平成24年(2012)は補然和尚様の千百年忌にあたり、この良縁にあわせて、飯塚大幸管長が念じて自らのみを取り彫り込まれたお姿です。薬師本堂向かって左の開基堂に安置しております。

まごころ地蔵

補然和尚と同じクスノキから掘り出された仏像です。飯塚管長の彫刻の師である宍道町出身の川島康史仏師は自ら発願し、補然和尚像と同一のクスノキからこの地蔵菩薩を彫り出しました。製作途中では補然和尚千百年遠忌法要に参列した善男善女の手により一念一刀が加えられ、温かいお地蔵さまが誕生しました。薬師本堂向かって左の開基堂に安置しております。

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拝観「涅槃図」公開

2月1日~2月16日(本堂にて)2月15日は涅槃の日です。涅槃図はお釈迦さまが沙羅双樹の下で涅槃に入る場面を絵にしたものです。涅槃とは、「吹き消す」という意味で、「煩悩の火が吹き消された、安らぎ・悟りの境地」を意味しますが、「命の火が吹き消された状態、死去」の意味にも使われます。
お釈迦さまは、八十歳にて、クシナガラの沙羅双樹の木の間で、北を枕に横臥し、最期を迎えます。そして、泣き悲しむ弟子たちに、 「泣くことはない。仏は亡くなりはしない。仏とは肉体ではなく悟りの智慧である。だから、私の肉体は滅しても、私の教えを学ぶ者は私に対面していることになる。私は、亡き後もお前たちの師として生き続けるであろう。」と説いて入寂されました。